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東京家庭裁判所 平成2年(少)3491号 決定

少年 S・K(昭47.6.30生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収してある手提げバック1個(平成2年押第425号の1)及びタオル

1本(同押号の2)を没取する。

理由

(少年の身上・経歴)

少年は、空調設備関係の会社に勤務していたS・A、S・Kの二女として出生し、6歳のころに父母が離婚してからはもっぱら父親の手で養育され、中学2年時に自傷行為があったものの、比較的順調に成育し、昭和63年4月9日、東京都立○○商業高校に入学したが、同年8月ころ、それまでにも出入りしていたゲームセンターでAと知り合い、同人と交際を深めるうちに半同棲状態となり、やがて妊娠したが、父親らが中絶することを勧めたため、平成元年2月20日に家出をし、以後、Aとともに千葉市及び東京都大田区内のアパートで同棲生活を続けていたものであるところ、その間、同年3月31日、上記高校を中途退学し、同年8月28日、Bを出産したものである。

(本件非行に至る経緯)

1  少年は、Bを出産した後も実家には戻らず、東京都大田区○○×丁目××番××号C方のアパートでAと親子3人で生活していたが、かつてAと喧嘩をした際に暴力をふるわれたことから同人に対して恐ろしさを感じることが時々あり、そのため同人を怒らせないよう気を遣っていたところ、平成2年3月3日夜、帰宅した同人から不機嫌な態度を示され、翌朝の出勤時にも少年を無視するような態度を示されて、その数日前にも同人から少年がいなくなっても構わないというようなことを言われていたことから、同人に必要とされていないと感じるとともに、同人に対して言いたいことも言えない自分が嫌になり、同人との生活に終止符を打とうと考えるに至り、同日朝、Bを連れて上記C方を出て、友人の知り合いであった東京都墨田区○○×丁目×番××号コーポ○○××号室のD方に転がり込み、とりあえず同女方で生活することとなった。

2  少年は、早く金をためてBと生活するためのアパートを借りようと考え、比較的高額の給料が支払われるいわゆるピンクサロンのホステスとして稼働することにして、同月8日からピンクサロン「○○」のホステスとして働きはじめたが、午後4時30分ころBをベビーホテルに預けて出勤し午前1時ころ上記D方に帰宅するという生活は予想以上に負担が大きく、また、居候の身ということで前記Dや途中から同居を始めた同女の友人に対して気を遣う毎日であったうえ、これから一人でBを育てて行かねばならないとの気負いも強かったことから肉体的・精神的に疲労していた。

3  同月14日昼、少年は、その2~3日前ころから風邪をひいてグズっていたBを病院に連れて行って薬を与えた後、いつもどおり同児をベビーホテルに預けて前記「○○」に出勤し、同月15日午前1時ころ同児とともにD方に帰宅したが、同児は37.5度くらいの発熱があり、ミルクもほとんど飲まずにグズって泣き続け、抱いてあやすと眠るが布団に降ろすとすぐ泣き出すといった状態であったことから、ほとんど眠らずにあやし続けていたところ、同日午前6時ころになって前記Dたちが帰宅し、同人らはそのまま就寝した。

4  少年は、Dたちが寝た後もBをあやして起きていたが、同日午前8時過ぎころになってDたちが寝返りをうったりしたことから「Bの泣き声がうるさいのではないか」と気を遣い、同児を抱いてあやしながら外に出て、前記○○コーポの非常階段を昇ったり降りたりしながら同児をあやし続けたが、同児はなかなか泣きやまず、あやし疲れた少年は、ついに五階から屋上に通じる階段のところで座り込んでしまい、泣き続けるBを見ているうちに「なにもかもに疲れた」「Bの泣き声をもう聞きたくない」との気持ちが昂じ、「もういいや」との自棄感を強め、衝動的に同児を殺害しようと決意するに至った。

(非行事実)

少年は、

第1  平成2年3月15日ころの午前10時ころから同日午前11時ころまでの間、東京都墨田区○○×丁目×番××号コーポ○○五階から屋上に通じる階段において、同女の長男のB(当時生後7か月)に対し、殺意をもって所携の濡れタオル(平成2年押第425号の2)でその鼻口部を押し塞ぎ、更に当該タオルでその頚部を絞めつける暴行を加えて同人を窒息死するに至らしめて殺害し、

第2  同日午後0時ころ、東京都墨田区○○×丁目××番×号○○ビル一階コインロッカー室内の第××番のコインロッカー内に、Bの死体を入れ、もって死体を遺棄し

たものである。

(法令の適用)

1  上記第1の事実につき、刑法199条

2  上記第2の事実につき、刑法190条

(処遇の理由)

1  本件は、不安定な生活状況の中で精神的・肉体的に疲労した少年が、風邪をひいてグズる生後7か月の自分の子を、徹夜であやしたにもかかわらず泣きやまなかったことから衝動的に殺害してその死体を遺棄したという事案であるところ、その態様は、少年がタオルで被害児の鼻口部を圧迫したうえ、更に同児が絶命するまでタオルで頚部を締め付けたもので、悪質であること、少年の殺意もその行為態様に照らせば堅固なものであったと認められること、生じた結果も重大であるうえ社会に与えた影響も看過できないこと等に照らせば、少年の責任は重大であると言わざるを得ない。

2  上記認定の本件非行に至る経緯及び当庁家庭裁判所調査官作成の少年調査票並びに東京少年鑑別所長作成の鑑別結果通知書からも明らかなように、少年は、危機的状況下で衝動的に行動することで問題の解決を図ることがあり、また、頑なで良好な対人関係を維持・発展させることができにくい性格を有していると認められるところ、これらの性格傾向に照らせば、現状のままでは今後の円滑な社会適応が阻害される恐れが高いと言わざるを得ない。

3  一方、保護者たる父親は、たてまえで生き続けて来ており、本音を表すことが下手であって、性格的にも柔軟とは言いがたく、少年はそのために家庭に温もりを感じることができずに出奔するに至ったものであるところ、現在、父親の少年に対する接し方には多少の変化は認められるものの、基本的には変わったとは認められず、それゆえ現状においては父親が少年に対する適切な監護力を十分に発揮し得るものとは認めがたい。

4  そこで本件事案の内容、生じた結果、少年の資質、性格上の問題点等に照らせば、少年についてはこれを刑事処分に委ねることも十分に考えられるところであるが、少年にはこれまで非行歴が全くないこと、未だ17歳と比較的若年であってその可塑性には十分期待ができること、知的能力も普通にあり、社会性もそれなりに身につけていること、自己の問題点についてもそれなりに気付きはじめ、改善の意欲を示していること等に鑑みれば、少年についてはなお矯正教育による更生の可能性が高いと認められるから、しかるべき施設に収容して矯正教育を施すことが相当であると思料する。

5  以上の次第であるから、この際少年についてはこれを中等少年院に収容して専門家の体系的な指導の下、積極的な生活意欲を復活させ、父子関係の調整を図りながら適切な対人関係の持ち方と柔軟性を養わせることが必要不可欠であると思料する。

6  ところで、少年の生育歴、性格上の問題点、本件非行に至る経緯等に照らせば、少年の更生のためには今以上に父子関係の調整が必要不可欠であるところ、その調整については早期の段階から進める必要があるほか、そのために父親に対しては、頻繁に面会に赴くように指導するとともに、面会時には少年に対して受容的に接して少年との意思の疎通と少年の心情の理解を図るよう指導・援助するのが相当であると思料するので、少年の具体的な処遇についてはこれらの点を考慮して指導されたい。

7  また、本件非行の内容、背景、少年の非行性、資質等に照らせば、少年については地元を含め近隣からの被収容者が多数を占める施設内で矯正教育を施すことは、その情操の安定や教育効果に鑑みてむしろ適当ではなく、また、上記のとおり少年の真の更生のためには父子関係の調整が必要であるところ、今後の父子関係の調整のためには、父親に少年に対する積極的かつ熱心な行動を取らせ、これを少年に対して提示させることが必要不可欠であるから、少年については東京矯正管区外の比較的遠隔の地(例えば父親の出身地の関係から仙台矯正管区内)にある矯正施設において矯正教育を施すのが相当であると思料されるから、別途その旨の勧告をすることとする。

8  よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項、少年院法2条3項を適用して少年を中等少年院に送致することとし、没取につき少年法24条の2第1項2号、2項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 下山芳晴)

〔参考1〕

処遇勧告書

少年 S・K 決定少年院種別 中等少年院送致

昭和47年6月30日生 決定年月日 平成2年5月11日

勧告事項 本件非行の内容、背景、少年の非行性、資質等に照らせば、少年については地元を含め近隣からの被収容者が多数を占める施設内で矯正教育を施すことはむしろ適当ではなく、また、父親に少年に対する積極的かつ熱心な行動を取らせ、これを少年に提示させることが今後の親子関係の調整、改善を図るうえで必要不可欠であるから、少年については東京矯正管区外の比較的遠隔の地(例えば父親の出身地の関係から仙台矯正管区内)にある矯正施設において矯正教育を施すのが相当であると思料する。したがって、少年を収容すべき施設の選択についてはこの点を十分に斟酌されたい。

平成2年5月11日

東京家庭裁判所

裁判官 下山芳晴

〔参考2〕

平成2年5月11日

東京保護観察所長 殿

東京家庭裁判所

裁判官 下山芳晴

少年の家庭環境の調整に関する件

本籍 東京都大田区○○×丁目××番

住居 東京都墨田区○○×丁目×番××号○○荘××号室

職業 ホステス

氏名 S・K

昭和47年6月30日生

上記少年は、別添決定書謄本のとおり、平成2年5月11日当裁判所において中等少年院送致の決定を受けたものであるところ、少年については少年院における矯正教育を円滑に進行させるためのみならず、同決定理由にも指定したとおり、少年院における矯正教育に引き続くべき在宅処遇段階がその更生にとって特に重要な意味をもつことになると思料されるので、この在宅処遇の条件を整えるため、少年の家庭環境の調整に関し、下記の措置を執られるよう、少年法24条2項、少年審判規則39条に基づき要請致します。

東京保護観察所長は、環境調整の措置として、以下の措置を執ること。

1 少年の父親に対し、早期の段階から少年院への面会、少年との文通等を励行させ、加えて少年に対して温かい気持ちをもって受容的な態度で接することにより、少年との意思の疎通と少年の心情の理解を図れるよう指導・援助すること。

2 少年の仮退院後の環境及び就労先等進路の調整につき、保護者を指導・援助すること。

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